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広報広聴委員長辞任の経緯とこれから

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こんにちは。
東村山市議会議員のかくたかづほです。

この度は、私の育休に関する一連の流れの中で、広報広聴委員長を辞任いたしました。改めてこの場を借りて、事の経緯と今後に向けて市民のみなさんにお知らせをさせていただきます。
あくまでも私から見た流れや今後に向けて、市民のみなさんにお知らせすることを目的としており、特定の個人を指すものではありません。

まず、お騒がせをして申し訳ありません。
今回、いくつかこのようになってしまった背景がありますが、一番大きいことは、相談や共有をあまりしてこなかったことです。育休という言葉を使って、議会を一定期間休むというのは、東村山市議会においては初めての事例だと思います。そのため、私自身も駆け引きなどに使われる政局にしたくない、あらかじめ多くの方に相談をしすぎることで良からぬ噂を招きたくないという理由から、相談する相手を選びつつ、今回このような決断をしました。想いなどはこちらのブログをご覧ください。

その情報共有の少なさと、その方法が大きな一つ目の問題となりました。

育休を考えているタイミングから議長、副議長には相談をしており、様々な課題について頂いておりました。その際も委員長がいないということについて指摘は頂いていましたが、副委員長もいるのでそこまで重要な話にはなっておらず、私も委員長のバックアップ機能が副委員長だと思っていました。

これが二つ目の問題だと思います。

怪我や不慮の事態で、委員長が動けない時に、代わってその役を行うのが副委員長だと思います。この点はおそらくどなたも異論はないと思います。一方で今回のこのケースがそれに当たるのかということに関して認識の齟齬はあったと考えています。私としては、今回もその役割に当てはまるものだと考えていました。しかし、今回のケースは多くの方にとって違うと捉えられたようです。

こういった考えも背景にあり、早めの情報共有までに至りませんでした。
また、その方法についても問題があったと感じています。

初めの計画では前述のブログの通り、もともと妻の出産予定日が8月24日であったため、当初の計画では8月15日から育休を頂く予定でした。そのため、8月9日に行われた議会報告会の後、落ち着いてからなるべく早いタイミングで広報広聴委員のみなさんにはお伝えをしようと考えていました。しかし、予定よりも3週間早く産まれたため、全てのことが前倒しになってしまい、情報共有が当初の予定よりも結果的に遅れてしまいました。ただ、今から考えると、報告会の後にみなさんに相談するというのも少し遅かったのではないかと感じています。報告会に影響を与えたくないという考えではありましたが、もう少し前に他の委員の方にもお伝えしていれば、このようなことになる可能性は下げられたのではと感じています。

予定よりも早く産まれたため、じっくりと委員の方に連絡する時間が取れず、事前にお伝えしていなかった人にとってはテキストメッセージのみでのお知らせとなってしまいました。これが今回の大きな失敗でした。

その後、議長副議長から直接、今回の件についてお話があり、委員の方が不信感を抱いているというお話を頂きました。私としては、広報広聴委員というのは他の委員会と異なり、組織をして仕事をしなければならない、その責任と円滑に進める責務を担っているのが委員長だと考えているため、委員の方から信任されないのであれば、それはやむを得ず、私は無理に続けることはしないということをお伝えしました。もちろんやる気がないわけではなく、続けられるのであれば続けて改革をしていきたい、また、私は当事者でもあるので、その信任不信任を決める場にいない方がいいとお伝えしました。

それから、委員の皆さんで集まることになり、今回の件について話し合いが持たれました。この話し合いには私は出席しない方がいいと考え、欠席する予定でしたが、副委員長から委員長も出た方がいいという話を頂き、出席をすることになりました。この場では、私への不信任の話が大半で、不信任とは言わないまでも積極的には信任をしないという方もいらっしゃいました。この場で改めて、混乱を招いてしまったことをお詫びをしました。混乱を招いて仕事が円滑にいかないことは全く望んでおらず、その結果、広報広聴委員会としての役割が果たせないのであれば、委員長という職にこだわる意味もない、みなさんから不信任ということになれば、受け入れるというお話をしました。しかし、それは違う、自身で進退を決めるべきだという意見があり、持ち帰り、翌日改めて報告するということになりました。

私個人としては、やりたいこともあり、メッセージやオンラインなどのリモートでもやることはできるのではないかと前々から考えていました。確かにこの間、いないことにはなるけれど、このメンバーならやれるという気持ちもありました。そのため、会議が終わった直後はどうやったら再建できるかということを主眼に考えていたのが正直なところです。不信任と明確に言われたのでれば、潔く受け入れるつもりでしたが、少しでもチャンスがあるのであれば、そのチャンスは活かしたいと考えていたからです。
リモートでもやり切れる方法に関しては、育休を選択する前、私が昨年委員だった頃からなんとなくではありますが、考えがあったので、それを言語化してしっかりと伝えることができれば、やれないことはないと考えていました。本来であれば、これをもっと先に委員のみなさんにお伝えしていればよかったと反省しています。
会議が終わった後、育児をしながら考えていましたが、日付が変わる前くらいに複数の委員の方からお電話を頂きました。結論としては、今回は辞任をした方がいいという内容でした。私の考えを伝えられる方にはお伝えをしましたが、前日の会議でもお伝えしたとおり、委員の皆さんが気持ちよく仕事ができない中で、委員長という職にこだわり続けるという意思は私には全くありませんでした。あくまでも委員会としてどのようにすれば最適に動くことができ、市民のみなさんにより議会を届けられるかということを主に置いていました。

これまでの内容を総括し、自分なりに考え、不信任の度合いも高いと感じ、翌日の会議で改めて正式に辞任をしました。
その後、新しい委員長が選出をされました。

改めて、今回の一件では情報共有の煩雑さと遅さ、そして委員長職への認識のミスがあったと深く反省をしています。このことは、自身の糧として今後の議会活動はもちろん、人生でも活かしていきたいと考えています。

今回の件で悔しいと感じていることを挙げるとすれば、育休を選択すると委員長は辞めければならないという結果になってしまったことです。
私は前述のブログの通り、議会をお休みして育児に専念するとともに、前例を作ることで民間での育休取得の推進や議会における多様性の実現、(特に後世議員になりたい方向けに)育休を取りやすい雰囲気を醸成するなど、様々な効果を期待をしていました。育休ととりながら委員長を続けるというのもそのうちの一つでした。今回の件で直接関係があるわけではないかもしれませんが、育休と委員長職、同時に行うというのはまだまだハードルがあると感じました。

また、今回様々なことを身をもって経験させていただいています。育休を考えている議員が今後、東村山市議会で出てきた場合には今回のことも踏まえ、しっかりと経験者として相談に乗りたいと考えています。もちろん他の議会の議員の方の場合もそうです。また、民間企業で勤めている方で育休取得にハードルを感じている方など、身をもって体験したことからこそお伝えできること、お役に立てることもあると感じています。

長くなってしまいましたが、議員活動は個として有権者の要望を実現する活動でありながら、時には議員同士で協力して1つの事にあたったり、また時には同じ議員同士が異なる立場で激しく対決するなど、本当に微妙な関係性で成り立っているということを改めて実感しました。先輩議員のみなさんから、少しでも多く学びながら、市民のみなさんのお役に少しでも立てるように、これからも引き続き邁進してまいります。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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